昨今のアニメ等にちょっといら立っていたところにはこういう背景がある。
最近、なんの努力もせんでいきなり色々できちゃう天才完全無欠キャラが多いのだ。
例えばリヴァイ兵長なんかもそう。もちろん努力したんだろうけど
向かうところ敵なしでイケメン(あの顔大嫌いだけど)ていうところが気に入らねぇ。
その点バナナフィッシュの登場人物ってのは、超大金持ちでも、天才でも、何かしら抱えている。完璧な人間がいないのだ。
だから面白い。
例えば大体こんな感じだ(すこしネタバレしているかもしれません)
アッシュ:唯一見返りのない愛情を注いでくれるエイジを突き放せない(突き放したいわけではない。本音はそばにおいておきたい)
おとなしくディノの言いなりになっていれば実は結構いい生活が送れるんだけど全力で自由になりたがってる。(ちなみにユエルンは言いなりになって裕福な生活を送っている)
エイジ:見ての通り無謀とも言えるがアッシュを助けたいと本気で思ってる
マックスやイベさん:いうまでもなく若いふたりを放っておけない。マックスにいたっては離婚しているが息子のことがかわいくて仕方ないので欠点だらけだ。
イベさんにいたってはエイジの気持ちを考えてしまってなかなか帰国に踏み切れない。
ゴルツィネさん:もちろんアッシュの能力を買ってるからとも言えるが、どうみても個人的に自分のものにしたい、という執着心が強く、そこに力を割きすぎなので、やっぱ完全無欠になれない。
もしアッシュに執着なかったらただのマフィア。
ユエルン:こう見えてユエルンも人間である。実はアッシュとエイジの友情がすごく羨ましいと思っている。そしておそらくはそれ以外の純粋な世界にも少なからず憧れはあると思う。それがないとユエルンはただのロボットである。
私はユエルンも被害者だと思ってます。
みなさん何かしらこの世に執着をもっていて、それを貫くために苦労しているわけで
そう考えると、この執着がなくなったら、夢や希望を失ったのと同じ。
人生が終わるわけです。
そしたら生きてる意味とかなくなる。
完全無欠ってのは生きてないんだと思います。
あれをやりたいとかこれを手に入れたいとか、欲望や夢があるとものすごい苦しい時とかあると思います。
だけどそれがなくなったら死んでるのと同じなんですよね。
だから、バナナフィッシュってのはみんながそれぞれの夢を持って必死で生きてる話なんだと思います。
追われる人生はつらいけどな…。
バナナフィッシュは少し昔の作品なので、非常に泥臭い表現とかあるんだけど
もし現代に描かれていたら、例えばユエルンなんかは感情持たない人形だったかもしれません。それでも役割は果たせるから。
でもすでに、初登場から色々と彼の中に「気づき」が生まれているんですよね。
きっとショーターの気持ちですら、彼にとっては驚きや戸惑いがあったと思います。
なんだかんだ、同民族、同胞を裏切るわけですからね。
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