あれこれ言われてたけど、「綺麗な海の映像」に惹かれてドルビーシネマにやってきたよ。
横浜のほうが博多より大きくない??
調べたけどよくわからんかった。同じか?
席が近すぎたのかなあ。
アースラ巨大化するとものすごいうるさいんよw座席が振動するわ(音で)。
ところで今回実写化して一番よかったのはトリトンのお父ちゃんだったんだけど
ハビエル・バルデムだったんだね~。
この人、初めて見たのが「食べて祈って恋をして」。
フィリポ、すごく良い人なんだよな。で、この人、泣くのがすごい上手なんだよね。濃い顔なんだけど繊細な感情表現をする人。それが見事なまでのはまり役だった。
もともとイケメンだからかもしれんがドルビーシネマのドアップで一番美しかったのはトリトンのお父さんだったと思う。
そして、アニメ版より「父と娘」のやり取りがきちんと描かれていることに好感を持ちました。というかそれがメインじゃない?
あとよかったのが執事ね!あれはよかったね。やっぱり昔っから王子を見ている執事は王子本人より真の気持ちがわかっているんだなあ。
つまり、あれは、アリエルの父と
エリックにとっての義父である執事と、義母である女王様と、
それら保護者と保護される「子供たち」と、それの自立と、親離れの話なんだよね。
だから最後にすべての保護者と和解して、子供ふたりが自立していく様がとても美しいのですよ。それは、アニメよりきちんと丁寧に描かれていて、それがよかったです。
親御さんが泣く話だと思うんだけど、なかなか親と和解できる人間が少ない日本人のひとりとしては別の意味で泣けますね。理想の世界っていうか。
みんなが批判している件についてはこう思う。
確かにアリエルには華がない。素朴すぎるっていうのかな。ただ、もしかしたら歌声や生命力みたいなものを大事にしたのかも。
ただ、美しさでいうとやっぱり黒人ならゾーイ・クラヴィッツレベルは見たかったかな。ルッキズムが~って言われそうだけどディズニーだし。
多様性という意味では、エリックは今回英国人だが孤児なので、あんまし関係ないと思っている。つまり逆に言えばエリックは孤立してもおかしくない状況にあったなか、自分の肌の色に関係なく南米の世界になじんでいたのだ。(多分南米?だと思う)
エリックは人種や種族に関係なくしゃべれもしないアリエルと仲良くなれるので、実に良い子である。
また、アリエルの姉妹全員肌の色が違うのはおかしくない?という指摘は、よくセリフを聞いていればわかる。彼女らは、「七つの海」それぞれの守護者ということになっている。
なので明らかにエジプト海(紅海?)っぽい子もいれば、明らかにアジアの海っぽい子もいる。北の海っぽい子もいる。
アリエルは明らかに南米、カリブ海などの担当だろう。そう考えると辻褄があう。
つまり、エリックが部外者だったのだが、彼は実にうまく地域に溶け込んでいるのだ。
南米を支配しにきたのでは、という考察も見たのだが、彼の義母は肌が黒い。地元の女王である。エリックは実は王家の人間ではなく、王子であることに困惑している。
今回は、エリック王子が親の束縛を振り切るのと、アリエルが自分の種族を抜けることで、父から離れるという話になっているのだ。
あとね、「チケット・トゥ・パラダイス」でもまざまざと感じたんだけど、結婚は駆け落ちではなく、周りの人すべてに祝福されるものでなくてはならないのよね。そういうの私はとても涙が出ちゃう。
だって、結構うまくいかない結婚見てきたから。
結婚するのがいいとも思わないし、結婚しないのが悪いとも言わない。「祝福されて結婚してそれを維持する」のがものすごい大変だからこそ、親のような目でこの理想の奇跡を観ていたいのです。
できればみんな仲良く生きられればいいなと、エブエブの時のように思います。 周りのすべてに感謝できるかが、大事なのです。
ちなみに「リトル・マーメイド」アニメ版はアメリカにいるときにリアタイで観た映画なのですが
あの時期は、本当につらくて、アメリカ生活はトラウマで、そのトラウマのシンボルがこのアニメといってもいいくらいなのですが
30年くらいたって、実写化され、繊細な表現が加わったことにより
気のせいレベルですが、トラウマがだいぶ払拭された気がするのです。少し救われたのかもしれない。過去の記憶を美化して救うというか。
当時は若い女の子があの無茶苦茶な詐欺師に引っかかるシナリオが恐ろしかったし、あんなに戦わんといかんのかみたいな記憶があったのですが
アメリカもだいぶ多様性も含めて優しくなったんだよ、みたいなメッセージすら感じました。トリトンのセリフが少し増えているのと、表情が多めに映されているのがその証拠だと思います。
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