GYAO!が3月末で閉鎖する。この動画サービスはひそかにオタクたちの間で人気だったと思う。ちょっとレアな映画を流してくれたり、無料でアニメを周期的に流してくれることもあった。特にマスターキートンのアニメを時々流してくれるのがとても嬉しかった。
最後の大盤振る舞いで、有名な映画をいくつか流してくれているのだが、その中に他の配信ではなかなか観れない「羊たちの沈黙」があったので、ものすごく久しぶりに観てみた。
やはり40代の私にも刺さる。それに初めて観た時からだいぶ知識が増えているので、どれだけレベルの高い作品なのかが手に取るようにわかった。アカデミー賞がどうとかいうレベルを超えている。単純に完成度が高く、展開が面白く、品格が高い。この映画が大成功した要因を自分なりに分析してみた。
配役が完璧で、俳優が優秀だった
まずはどうしても役者に注目してしまう。
アンソニー・ホプキンスとジョディ・フォスターを絡ませたのが大正解だった。実はこのふたり、目がとても似ている。目が大きく青グレーで色素が薄く、なんとなく親子に見えなくもないのだ。
ジョディ・フォスターが大成功だったのは、なんとも頭のよさそうな、クールで生意気な雰囲気がぴったりだったのだ。彼女なら、若くてもなんとかやってくれるんじゃないかと期待してしまう。そして彼女がチラ見せする恐怖が外見とギャップがあり、絶妙なのだ。
アンソニー・ホプキンスは、実はこの後の作品も、似たような感じの役を演じるので(もともとメソッド法を否定しているタイプ)たまたまぴったりだったとも言えるのだが、彼は裁判所にまで赴いてリサーチを行ったという。
英国訛りの格調高い英語がこの役にはぴったりであった。
主人公のキャラクター設定が共感しやすく魅力的
クラリスは実はFBIはまだ見習いであり、研修中のシーンから始まる。研修生の割には優秀であることも示唆される。またジョディ・フォスターのたたずまいがそもそもクールで知的で自信があるけれど奢らない雰囲気を醸し出しており、優秀だけど生意気すぎない良いキャラをつくっている。
研修生であり、獄中の犯罪者にセクハラされるなど、若い女性でも感情移入しやすい内容になっている。というか、正直この時代はまだセクハラに寛容だったのか、彼女は各所で口説かれまくるのだが、そのたびにクールに受け流しており、その姿が女性陣には「あこがれ」として映る。
そして重要なのがレクター博士との関係性だ。これについては後述する。
レクター博士のキャラクターが斬新
カニバリズムの犯罪者で、元精神科医でなぜか人を食べる。当時は異色の存在だったと思う。また、今でこそ鬼滅の刃や東京喰種などの漫画に人を食べる表現が出てくるが、それでもレクター博士のレベルのキャラクターはなかなか出てこなかった。彼は素の状態で興奮もせずに人を殺し、人肉を食すのである。
彼はワインのつまみに人の臓物を食べる。続編では綺麗に調理して盛り付けて食べているシーンもある。
ちなみに私はまだ恐ろしくて見ていないが、彼がこうなったのには理由があり、それも映画化されている。幼い頃に人を食べさせられてしまったのだ。
レクター博士にとって「他人のトラウマ」はご褒美であり、栄養である。その理由は、自分が人を食べさせられたトラウマから来るものではないかと思う。
私も、自分と同じくらい傷ついている人はいないかとついつい探してしまうし、好きになるキャラクターは大体ひどく傷ついた人間ばかり。レクター博士の気持ちはわかる気がする。
彼は恐ろしく知性が高く、芸術を愛し、ジョークやなぞなぞが大好きで、そして言葉遣いが(基本的には)綺麗で上品である。
残虐なのには変わりがないが、それまで多かった「悪い奴はただやみくもに人を殺したり暴力を働く」イメージを覆した。知性が高くこだわりの強い悪役ほど、敵にまわして怖いものはない。
主人公ふたりの関係性が斬新
レクター博士は、純粋で勇敢で頭のいい人間はすぐに見抜き味方とみなす。クラリスの外見は前述した通り、美しい上に頭の良さがうかがえる。レクター博士は最初こそ「安っぽい格好」「田舎から出てきたんだな」とあっというまに彼女を考察して言い当てるが、動じない彼女を気に入り、ウインクを飛ばしている(笑)。
レクター博士はおそらく最初からクラリスが好きだと思うが、問題はクラリスの心境である。女性というのはいつも言っているが複雑で賢く、本音をすぐに見せないし、罠にかかりそうでかからない。女性が罠にひっかかるときは「あえて」である。
クラリスは自分のトラウマは真剣に話すが、裏ではレクター博士の情報を聞き出すことを忘れてはいない。
クラリスがレクター博士を信頼しながらも、恋愛関係にはならないところに、作品の深みがあると思う。
レクター博士はクラリスに下品なセクハラをした男を始末する(笑)。これがレクター博士の愛情の示し方だ。この辺も女性視聴者は共感し、レクター博士に好意を抱くだろう。そして面白いのは、クラリスがそれをわかっているところだ。
「彼は私を追ってはこない。「それが無礼だ」と知っているから」
テンポがよくて目が離せない
映像の編集や構成が上手い。次から次へと巧みに物語が展開し、かと思うと突然止まったりする。特にボールペンの時はしつこいくらいボールペンを映していて、映像だけでこれが重要なのだとわかるようになっている。そういう緩急がとても上手いと思う。
ミスリードによる凝った脚本
レクター博士が入れ替わっている時と、あと終盤の「犯人を突き止めた」と思った時のミスリードの表現が非常に上手い。よく見ると、レクター博士が入れ替わっているのに気づいてしまう人は多いと思うが、初見だとわかりづらいかもしれない。
見事なエンディング
絶体絶命かと思われた終盤からのエンディングは見事で、緊張感を持たせたり限界まで引き延ばしたりするテクニックは優秀だなあと思った。最後の最後でタイトルを回収するところも見事である。
また、この映画がもたらした影響は大きかったのか、様々な映画で似たようなテクニックや演出を見ることができる。
この映画によりFBI捜査官が流行したのか、私は数年後に「FBI心理捜査官」というベストセラーの本を読んだ記憶がある。
この映画は「人の心理」についてもよく洞察がされている。トラウマに着目している点からも、我々人間がただ貧困などが原因で犯罪を犯すような単純な生き物ではないこともよく表現されていた。特に「目の前にあるものを切望する」はよく会社のハラスメントで見かける光景であり、納得のいく考察であった。
本来であれば犯罪者本人を掘り下げるところを、あえてレクター博士という難解な人物にスポットを当てることによって、大変深みを増す作品となった。確かにはらわたを切り裂いて飾るとか、警官を襲って好きなだけ殴るとか、そういうシーンもあるが、残酷なシーンは綺麗に編集して一番グロいところはあまり見せていないし、品格を感じる。
知的好奇心を刺激されるレクター博士のセリフに皆が翻弄される知的スリラーであり、終盤はホラー映画としても楽しめる。
また、ザ・バットマンは明らかに影響されている感があって、獄中にいる賢い犯罪者に意見を求めにいく「カットされたシーン」なんかはとても似ているなあと思った。
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