2026年7月16日木曜日

アマプラで大爆笑した映画(20)「サユリ」

なぜ誰もこれを教えてくれなかったのかw

何気なく流れで見始めたジャパニーズホラー映画、「サユリ」。

サユリは、幽霊の名前である。こいつが、次から次へと引っ越してきた家族を殺すというありがちな展開だった。

が、5名亡くなったとき、ばあちゃんが突如覚醒した。

文字通り「目が覚めた」と言っていた。

突然、ロックンロールをかけて、ヒッピーな服装と髪型に早変わり。認知症が完全に治り流暢に喋り出すw

「復讐するんじゃ!!」

爆笑である。こんな展開だったら早く言ってくれよwww 

生命力溢れる太極拳と下ネタを幽霊にぶつけ、退散させるwww


サユリが怨霊と化した理由。

それは実は、この子もまた、親のエゴの餌食になっていた。

今回は最悪なパターン。父親の性的虐待である。

しかも、母親は気づいていたのに見てみぬふりをした。

サユリは徹底的に引きこもり、バケモンと化したのである。


このホラー映画の良いところは、サユリがまだ生きていた母親と和解するところだ。母の愛により、サユリは成仏できた。

(しかし、いまだに、私の家族を含め、専業主婦が夫の言いなりになるパターンは非常に多い。なので私はものすごい強くなってしまった。)


こんなポジティブなホラー映画あっていいのかよwと思ったが、鬱映画を何本か見た後だと「これはアリだな」と思う。


「この世は理不尽じゃ」

「うちを良く 外を良く」

「命を濃く」

「それで!大丈夫じゃ!!」


時に「ばあちゃん」というものは

世界で一番賢く強い生き物なのかもしれない。

私もこんなばあちゃんになりたい。

2026年7月15日水曜日

アマプラで面白かった映画(19)ドールハウス

ネタバレしないと語れないため、こちらもネタバレします!


こちらも去年上映され、ホラー映画ファンの間では「結構怖い」と噂されていた、日本製のホラー映画である。

ジャパニーズホラーらしさは随所に感じる。

また、昨日の「ガールウィズニードル」との共通点もある。昔、一家心中した家族の子供の霊が、人形に乗り移っているというものだ。

「昔の人形って人の髪使ってるっていうよね〜」と軽いノリで流され、人形の髪を切っているシーンなど、実に和製ホラーである。


かくれんぼのトラウマ

この映画が冒頭とても怖かったのが、かくれんぼで見つけてもらえず死ぬというシーンである。これは普通にかなり怖い。

実は私も、幼稚園の時かくれんぼで見つけてもらえなかったのだ!

あれは恐怖だった。4歳くらいで、幼稚園にてありとあらゆる恐怖を味わった中でも、トップクラスの恐怖である。

私は保育園に行かなかったため、年子で生まれた妹の面倒を見つつ、家でまったり生活していた。だが幼稚園に行くようになってから人生が激変。家の外は4歳児にとって、厳しすぎる「人間社会」が広がっていた。

隠れていても誰も見つけてくれず、そばも通らない。私は遠くへ来すぎたのだ。40分くらい経った頃、その異変に気づき、私は隠れた場所から出た。(映画は出れなかったので、出れて本当によかった)泣きながら教室に帰ると、ピアノを弾いていた先生が無表情でこちらを見て言った。

「なぜ泣いているのか説明しなさい」

先生は、点呼をしなかったのだろうか。私のことが嫌いなのだろうと思った。そう、この時点ですでに私は「社会」に疎まれている子供だったのである。そのことも恐ろしかった。先生は一切謝罪せず、逆に泣いていることを責めて説明させた。

思えばこの時点で私の人間不信は始まっていたのである。すでに、いじめられっ子の区分けに入れられていた。

そして、この映画ではかくれんぼで主人公の大切な子供が死んでしまう。

塞ぎ込む彼女は骨董市で見つけた日本人形を子供のように扱い、明るさを取り戻すのだが……


親のエゴ


佳恵は、人形を大事にし、ツーショットの写真も撮って壁に飾り、服の着替えや食事まで一緒にしていた。
だがある日、佳恵の妊娠が発覚し、事態は急転する。
好転したと言った方が正しいのだが…
当然ながら、人形に構っている暇はなく、だんだんと忘れられていき、放置される人形。
奇妙なことが起こり始め、どうも人形が嫉妬して娘をいじめているようにも見えた。

押し入れにしまわれた人形。しかし、偶然なのか、導きなのか、娘の真衣は押し入れから人形を引っ張り出して、お友達にしてしまう。
録画すると、真衣が人形と会話していることがわかる。その会話にはたくさんの重要なヒントがあった。(これは最後まで引っ張るヒントである)

この一連のシーンは、スピルバーグの「A.I.」を思い出す。

その映画での夫婦は、病気の息子を冷凍保存していた。代わりにと用意したAI人形を我が子のように大事にする。しかもAI側は両親を愛するようにプログラミングされているのだ。
なのに、その夫婦は息子が奇跡的に病気から回復すると、やはりAI人形を蔑ろにする。そして結局処分してしまうのだ。

私は思うに、「ドールハウス」も「A .I.」も、親に愛されなかったアダルトチルドレン拗らせ物語ではないかと睨んでいる。

子供を作るかどうかは親のエゴにかかっている。

ガールウィズニードルでは、男を引き止めるためにカタリーナは妊娠する。この手の引き止め方はもう何回も、リアルでもフィクションでも見てきた。

しかし何度でも言おう。女が泣くような恋愛や妊娠は、女には必要ない。友人でも子供が欲しいと言っていた人がいたけど、そんな欲望はおそらく、一時的な本能によるものだと割り切らなければならない。子育てに割かれる時間は膨大である。そして夜もろくに眠れないのに、相手は言葉を喋らないのだ。ノイローゼになることは、容易に想像できる。

実際親というのは二人目が生まれると一人目の子供はどうしても蔑ろにしがちだ。私は年子で妹が生まれてしまったため、1歳で出産する母から引き離され祖父母の家に行き、2歳から妹の面倒を見てたらしいのだが記憶にない。どうも妹の頭に落書きをしたらしいのだが、もはや伝説である。

親は完璧な人間ではない。むしろ欠陥のある人間ほど子供を欲しがる。子供がいることで、承認欲求が満たされるからだ。子供はうざいくらい自分を頼ってくる。言葉が発せられなくても、子供は誰が自分の母なのか理解している。常に母親の姿を探している。本能とはいえ、その力強い欲求に母親は自分の価値を見出すのである。

「アヤ」は怨念を抱えたまま、まだ人形に乗り移ったままである


アヤの親は、無理心中を企てた。そしてアヤだけが死んだ。それだけではない。アヤは母親に何度も打たれており、会話にちらほらその話が登場する。そして父親も狂っており、アヤの遺体を人形にしてしまったのだ。

アヤは何年も怨念を拗らせている。アダルトチルドレンと言っていいのかわからないが、「子供の時の恨み」というのはなぜか、何歳になってもなかなか忘れられない。別の家族を作っても、親が介護が必要になっても、お葬式が終わってもまだ恨んでいた人を知っている。

欲しいものが手に入らなかった。
妹や弟を優先させられた。
自分に一番厳しかった。

枚挙にいとまがない。

でもね、私はアヤみたいにはなりたくない。私は人間だし、貴重な残りの人生を、嫌いな人を恨むのに使いたくないの。

だから、この思いは別の形にして、世の中に放とうと思ってるの。

この映画みたいにね。




アマプラでよかった映画(18)ガール・ウィズ・ニードル

ネタバレあります。

無いと語りづらい。

私はこの映画、「シスターフッド」がテーマであり、

女性であるが故の苦悩「女性にまつわる問題」を取り上げたものだと思う。

舞台は第一次世界大戦終結時のデンマーク。

主人公カタリーナは軍服を縫製するお針子を生業としていた。だが大変貧乏で、家賃を滞納しまくっていた。

工場の社長と恋人関係になるが、結婚を狙ってのこと。わざと妊娠し、結婚のお許しをもらいに豪邸に行くと、無理やりあきらめさせられる。嘘だと疑われていた妊娠は本当だった。

堕胎するお金がないのか、自分で針を突き刺すカタリーナだったが、あまりにもひどい状態を見かねたダウマという女性が、子供が生まれたら連れてきてくれという・・・


始終、役に立たない男たち

恋人関係になった社長は親が金を出さないと言っただけで結婚をあきらめてしまう。しかも泣き出す。ここで彼の母親は、彼にハンカチを差し出すのだが、ここでは流石にシスターフッドが発生しなかった。

カタリーナの旦那はいきなり帰ってくる。戦争が終わったからだ。しかし戦争のせいで顔の半分が跡形もなく変形してしまっていた。この人に関しては気の毒としか言いようがない。この旦那については、愛情は本物だと思うので、気の毒ではあるが救いでもある。

次の職場の上司。カタリーナが職場で産気づいてしまい、上司には病院に行けと言われるが、その場で産むしかなかった。

そしてスヴェンソン。おそらく、ダウマのヒモだと思われる。ダウマはなんだかんだ言ってしっかり経営をしていたのだろう。


一方、女性は常にシスターフッドの概念のもとカタリーナをことあるごとに助ける。赤の他人でも。

カタリーナが堕胎しようと針を突き刺した時はダウマが手当をする。出産時は職場で名前も知らないおばちゃんが産婆になり、出産を成功させる。


ダウマの罪と苦悩

しかし、これはカタリーナだけの物語ではない。

ダウマは「秘密の里親斡旋」を行なっていた。カタリーナのように「子供を育てられない」女性から赤ん坊を引き取り、「お金持ちの良い人」に引き取らせるというサービスを有料で行なっていた。

カタリーナは十分なお金が払えず、この「砂糖菓子屋」で引き取った赤ん坊の乳母を務めることにした。だが、あまりにも里親が決まるのが早すぎる上に相手の姿が見えないのをあやしみ、ダウマの後をつけて気づいてしまう。ダウマは、引き取った赤ん坊を密かに殺していたのだ。

これだけ聞くと「ダウマは倫理観のない恐ろしい殺人犯」なのだが、私にはどうしてもそう思えなかった。

カタリーナはダウマに失望するが、ダウマはつまり、もっと恐ろしい地獄を見ていたのだ。

ダウマは何人もの子供を死産しており、子供の死に慣れてしまっている。

そして、「女性が子供を育てられない」「子供が負担になってしまっている」「けど殺せない」「できればどこかで幸せに育ってほしい」という問題も痛いほど理解していた。

彼女はなんというか、本物の「掃除人」なのだろう。

日本にもこのような残酷な歴史はたくさんある。「口減らし」と言って、避妊の知識がないために子沢山になりすぎ、育てられないため、生まれた直後に子供の息の根を止めるという風習である。特に見た目に障害のある子供は出産直後に殺されたりしていた。

そして残念なことにいまだに、望まない妊娠で堕胎する女性も後を絶たない。堕胎も子殺しも基本は変わらない。

ダウマが手数料を取って、「自分では絶対にできない子殺し」を引き受けていたとも言える。

実際ダウマは何度も情緒不安定な動きを見せることがあった。

なので、私はダウマをあまり責めることができないと思った。彼女が声高に、「医者や上品なマダムが養父母になる?そんな人いるかしら?」と叫ぶのも、私には理解できる気がした。

かつて、SNS上で男性同士のペアが子供を引き取って育てている動画を見たことがあるが、子供がニコリともしておらず、とても怖かった。

もちろん、養子で幸せになることもあるとは思うのだが。

だからこれはホラー映画ではない。

現実に十分起こり得ること、そして今でも似たようなことが起きていることを暗示している。

誰も嬉しそうではない。

カタリーナの旦那はモルヒネを。ダウマはやはり子殺しが精神的に辛いらしく、エーテルを飲んでいる。皆苦しんでいる。

私が結婚を断った最大の理由は、実は望まない妊娠が怖かったからだ。

この社長に限らず、男性はあまり妊娠を大ごとと捉えていない。本当に遊ぶようにセックスをする。子供はあくまでもついでだ。なので、私は絶対に安心できるまでは妊娠しないと固く誓っていた。その危険性があるとわかった時はどうやって別れるかの計画をし始めた。

この映画に描かれていることが全てだとは思わない。だけど、やっぱり打算的な妊娠は碌なことにならないのは事実だ。


資本主義と少子高齢化

今日「急に具合が悪くなる」も観た。「資本主義は成熟すれば確実に少子高齢化になる」という理論が展開されていて、共通するものを感じた。

資本主義社会において、お金がない状態で子供を産むのは非常に危険である。

人間は残念ながら未熟な状態で生まれてくる。馬のように数時間で立つことはできない。最初から言語を話すこともできない。歯が生え揃わず、固形物が食べられない。発話に2年以上かかる子供もいる。睡眠時間も最初はまちまちで、夜中に泣き出す。それでありながら、有袋類ではないのでおぶったり、ベビーカーで移動しなければならない。そして当然ながら、働けるのは15年以上後だ。しかも現代は共働きが普通で、職場で白い目で見られながら母親が時短で働くのだ。

この「赤ん坊」が進化しない限り、少子化はやむをえない。赤ん坊はコスパもタイパも非常に悪い、お金持ちの趣味やペットだと言われているくらいだ。

資本主義のもとで、会社は利益を最大限にするためになるべく給与を下げようとする。そんな動きの元に、まともに子供を育てられるだろうか。

資本主義は、社会を食い潰していつか崩壊するだろう。その時、どんな社会が待ち受けているのだろうか。