2026年7月15日水曜日

アマプラでよかった映画(18)ガール・ウィズ・ニードル

ネタバレあります。

無いと語りづらい。

私はこの映画、「シスターフッド」がテーマであり、

女性であるが故の苦悩「女性にまつわる問題」を取り上げたものだと思う。

舞台は第一次世界大戦終結時のデンマーク。

主人公カタリーナは軍服を縫製するお針子を生業としていた。だが大変貧乏で、家賃を滞納しまくっていた。

工場の社長と恋人関係になるが、結婚を狙ってのこと。わざと妊娠し、結婚のお許しをもらいに豪邸に行くと、無理やりあきらめさせられる。嘘だと疑われていた妊娠は本当だった。

堕胎するお金がないのか、自分で針を突き刺すカタリーナだったが、あまりにもひどい状態を見かねたダウマという女性が、子供が生まれたら連れてきてくれという・・・


始終、役に立たない男たち

恋人関係になった社長は親が金を出さないと言っただけで結婚をあきらめてしまう。しかも泣き出す。ここで彼の母親は、彼にハンカチを差し出すのだが、ここでは流石にシスターフッドが発生しなかった。

カタリーナの旦那はいきなり帰ってくる。戦争が終わったからだ。しかし戦争のせいで顔の半分が跡形もなく変形してしまっていた。この人に関しては気の毒としか言いようがない。この旦那については、愛情は本物だと思うので、気の毒ではあるが救いでもある。

次の職場の上司。カタリーナが職場で産気づいてしまい、上司には病院に行けと言われるが、その場で産むしかなかった。

そしてスヴェンソン。おそらく、ダウマのヒモだと思われる。ダウマはなんだかんだ言ってしっかり経営をしていたのだろう。


一方、女性は常にシスターフッドの概念のもとカタリーナをことあるごとに助ける。赤の他人でも。

カタリーナが堕胎しようと針を突き刺した時はダウマが手当をする。出産時は職場で名前も知らないおばちゃんが産婆になり、出産を成功させる。


ダウマの罪と苦悩

しかし、これはカタリーナだけの物語ではない。

ダウマは「秘密の里親斡旋」を行なっていた。カタリーナのように「子供を育てられない」女性から赤ん坊を引き取り、「お金持ちの良い人」に引き取らせるというサービスを有料で行なっていた。

カタリーナは十分なお金が払えず、この「砂糖菓子屋」で引き取った赤ん坊の乳母を務めることにした。だが、あまりにも里親が決まるのが早すぎる上に相手の姿が見えないのをあやしみ、ダウマの後をつけて気づいてしまう。ダウマは、引き取った赤ん坊を密かに殺していたのだ。

これだけ聞くと「ダウマは倫理観のない恐ろしい殺人犯」なのだが、私にはどうしてもそう思えなかった。

カタリーナはダウマに失望するが、ダウマはつまり、もっと恐ろしい地獄を見ていたのだ。

ダウマは何人もの子供を死産しており、子供の死に慣れてしまっている。

そして、「女性が子供を育てられない」「子供が負担になってしまっている」「けど殺せない」「できればどこかで幸せに育ってほしい」という問題も痛いほど理解していた。

彼女はなんというか、本物の「掃除人」なのだろう。

日本にもこのような残酷な歴史はたくさんある。「口減らし」と言って、避妊の知識がないために子沢山になりすぎ、育てられないため、生まれた直後に子供の息の根を止めるという風習である。特に見た目に障害のある子供は出産直後に殺されたりしていた。

そして残念なことにいまだに、望まない妊娠で堕胎する女性も後を絶たない。堕胎も子殺しも基本は変わらない。

ダウマが手数料を取って、「自分では絶対にできない子殺し」を引き受けていたとも言える。

実際ダウマは何度も情緒不安定な動きを見せることがあった。

なので、私はダウマをあまり責めることができないと思った。彼女が声高に、「医者や上品なマダムが養父母になる?そんな人いるかしら?」と叫ぶのも、私には理解できる気がした。

かつて、SNS上で男性同士のペアが子供を引き取って育てている動画を見たことがあるが、子供がニコリともしておらず、とても怖かった。

もちろん、養子で幸せになることもあるとは思うのだが。

だからこれはホラー映画ではない。

現実に十分起こり得ること、そして今でも似たようなことが起きていることを暗示している。

誰も嬉しそうではない。

カタリーナの旦那はモルヒネを。ダウマはやはり子殺しが精神的に辛いらしく、エーテルを飲んでいる。皆苦しんでいる。

私が結婚を断った最大の理由は、実は望まない妊娠が怖かったからだ。

この社長に限らず、男性はあまり妊娠を大ごとと捉えていない。本当に遊ぶようにセックスをする。子供はあくまでもついでだ。なので、私は絶対に安心できるまでは妊娠しないと固く誓っていた。その危険性があるとわかった時はどうやって別れるかの計画をし始めた。

この映画に描かれていることが全てだとは思わない。だけど、やっぱり打算的な妊娠は碌なことにならないのは事実だ。


資本主義と少子高齢化

今日「急に具合が悪くなる」も観た。「資本主義は成熟すれば確実に少子高齢化になる」という理論が展開されていて、共通するものを感じた。

資本主義社会において、お金がない状態で子供を産むのは非常に危険である。

人間は残念ながら未熟な状態で生まれてくる。馬のように数時間で立つことはできない。最初から言語を話すこともできない。歯が生え揃わず、固形物が食べられない。発話に2年以上かかる子供もいる。睡眠時間も最初はまちまちで、夜中に泣き出す。それでありながら、有袋類ではないのでおぶったり、ベビーカーで移動しなければならない。そして当然ながら、働けるのは15年以上後だ。しかも現代は共働きが普通で、職場で白い目で見られながら母親が時短で働くのだ。

この「赤ん坊」が進化しない限り、少子化はやむをえない。赤ん坊はコスパもタイパも非常に悪い、お金持ちの趣味やペットだと言われているくらいだ。

資本主義のもとで、会社は利益を最大限にするためになるべく給与を下げようとする。そんな動きの元に、まともに子供を育てられるだろうか。

資本主義は、社会を食い潰していつか崩壊するだろう。その時、どんな社会が待ち受けているのだろうか。