ネタバレしないと語れないため、こちらもネタバレします!
こちらも去年上映され、ホラー映画ファンの間では「結構怖い」と噂されていた、日本製のホラー映画である。
ジャパニーズホラーらしさは随所に感じる。
また、昨日の「ガールウィズニードル」との共通点もある。昔、一家心中した家族の子供の霊が、人形に乗り移っているというものだ。
「昔の人形って人の髪使ってるっていうよね〜」と軽いノリで流され、人形の髪を切っているシーンなど、実に和製ホラーである。
かくれんぼのトラウマ
この映画が冒頭とても怖かったのが、かくれんぼで見つけてもらえず死ぬというシーンである。これは普通にかなり怖い。
実は私も、幼稚園の時かくれんぼで見つけてもらえなかったのだ!
あれは恐怖だった。4歳くらいで、幼稚園にてありとあらゆる恐怖を味わった中でも、トップクラスの恐怖である。
私は保育園に行かなかったため、年子で生まれた妹の面倒を見つつ、家でまったり生活していた。だが幼稚園に行くようになってから人生が激変。家の外は4歳児にとって、厳しすぎる「人間社会」が広がっていた。
隠れていても誰も見つけてくれず、そばも通らない。私は遠くへ来すぎたのだ。40分くらい経った頃、その異変に気づき、私は隠れた場所から出た。(映画は出れなかったので、出れて本当によかった)泣きながら教室に帰ると、ピアノを弾いていた先生が無表情でこちらを見て言った。
「なぜ泣いているのか説明しなさい」
先生は、点呼をしなかったのだろうか。私のことが嫌いなのだろうと思った。そう、この時点ですでに私は「社会」に疎まれている子供だったのである。そのことも恐ろしかった。先生は一切謝罪せず、逆に泣いていることを責めて説明させた。
思えばこの時点で私の人間不信は始まっていたのである。すでに、いじめられっ子の区分けに入れられていた。
そして、この映画ではかくれんぼで主人公の大切な子供が死んでしまう。
塞ぎ込む彼女は骨董市で見つけた日本人形を子供のように扱い、明るさを取り戻すのだが……
親のエゴ
佳恵は、人形を大事にし、ツーショットの写真も撮って壁に飾り、服の着替えや食事まで一緒にしていた。
だがある日、佳恵の妊娠が発覚し、事態は急転する。
好転したと言った方が正しいのだが…
当然ながら、人形に構っている暇はなく、だんだんと忘れられていき、放置される人形。
奇妙なことが起こり始め、どうも人形が嫉妬して娘をいじめているようにも見えた。
押し入れにしまわれた人形。しかし、偶然なのか、導きなのか、娘の真衣は押し入れから人形を引っ張り出して、お友達にしてしまう。
録画すると、真衣が人形と会話していることがわかる。その会話にはたくさんの重要なヒントがあった。(これは最後まで引っ張るヒントである)
この一連のシーンは、スピルバーグの「A.I.」を思い出す。
その映画での夫婦は、病気の息子を冷凍保存していた。代わりにと用意したAI人形を我が子のように大事にする。しかもAI側は両親を愛するようにプログラミングされているのだ。
なのに、その夫婦は息子が奇跡的に病気から回復すると、やはりAI人形を蔑ろにする。そして結局処分してしまうのだ。
私は思うに、「ドールハウス」も「A .I.」も、親に愛されなかったアダルトチルドレン拗らせ物語ではないかと睨んでいる。
子供を作るかどうかは親のエゴにかかっている。
ガールウィズニードルでは、男を引き止めるためにカタリーナは妊娠する。この手の引き止め方はもう何回も、リアルでもフィクションでも見てきた。
しかし何度でも言おう。女が泣くような恋愛や妊娠は、女には必要ない。友人でも子供が欲しいと言っていた人がいたけど、そんな欲望はおそらく、一時的な本能によるものだと割り切らなければならない。子育てに割かれる時間は膨大である。そして夜もろくに眠れないのに、相手は言葉を喋らないのだ。ノイローゼになることは、容易に想像できる。
実際親というのは二人目が生まれると一人目の子供はどうしても蔑ろにしがちだ。私は年子で妹が生まれてしまったため、1歳で出産する母から引き離され祖父母の家に行き、2歳から妹の面倒を見てたらしいのだが記憶にない。どうも妹の頭に落書きをしたらしいのだが、もはや伝説である。
親は完璧な人間ではない。むしろ欠陥のある人間ほど子供を欲しがる。子供がいることで、承認欲求が満たされるからだ。子供はうざいくらい自分を頼ってくる。言葉が発せられなくても、子供は誰が自分の母なのか理解している。常に母親の姿を探している。本能とはいえ、その力強い欲求に母親は自分の価値を見出すのである。
「アヤ」は怨念を抱えたまま、まだ人形に乗り移ったままである
アヤの親は、無理心中を企てた。そしてアヤだけが死んだ。それだけではない。アヤは母親に何度も打たれており、会話にちらほらその話が登場する。そして父親も狂っており、アヤの遺体を人形にしてしまったのだ。
アヤは何年も怨念を拗らせている。アダルトチルドレンと言っていいのかわからないが、「子供の時の恨み」というのはなぜか、何歳になってもなかなか忘れられない。別の家族を作っても、親が介護が必要になっても、お葬式が終わってもまだ恨んでいた人を知っている。
欲しいものが手に入らなかった。
妹や弟を優先させられた。
自分に一番厳しかった。
枚挙にいとまがない。
でもね、私はアヤみたいにはなりたくない。私は人間だし、貴重な残りの人生を、嫌いな人を恨むのに使いたくないの。
だから、この思いは別の形にして、世の中に放とうと思ってるの。
この映画みたいにね。
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