先日CoDで変態仮面っぽい悪役を串刺しにするイベントがあって、変態仮面のことを思い出した私。
GYAO!は、実はGYAOしかやってないアニメとかあるんですよね。なので、一週間に一度は見る羽目になるんですけど、そこで堂々と変態仮面が配信されていました。でもよく見たらアマプラにもありましたwwwしかも続編がある、らしい………
この映画の感想は、変態についての言及、および性的な意見が含まれますので、不快に感じる方は読まないでください。また、ネタバレを少々含みます。
それにしても福田監督、冒頭からマーベルのパクリをやっててさすがとしか言いようがない。ギリギリっすね…。
男性という生き物はつくづくかわいそうだなと感じる映画
私は、前に彼氏がいたときも、驚きの連続であった。男性というのは本当にかわいそうな生き物だなと会うたびに思ったくらいである。
股間についている「アレ」がまず一番かわいそうだなと思う。劇中で狂介は、机を高く設定している。勘のいいひとはすぐにわかることだが、実にかわいそうだ。正直、笑えない。女性は欲情したところで表向きに何か見えるものはほぼ無いけれど、男性は人によっては、机を高く設定したり、外からわからないような服を着なければならない。
ある日、転校してきたとってもかわいい女の子愛子ちゃんに、狂介は一目ぼれしてしまうが、その子が隣に座っているのだ。学校や会社ってのは本当にえげつない場所だ。特に日本はひどい。アメリカなら、しょっちゅう教室を移動するので大学と同じなのだが、日本ってのはなにかとずっと知らない異性の隣に座らされるので、すごくエロい国だと思う。私は小学生の時から、隣に座る男子にセクハラされてたし。着物は「エロい」と海外の人に言われているが、もともとすごくスケベな国民性なのだろう。たしかに、帯をほどいたら勝手に全部ほどけちゃうんだから、着物はすごくスケベだ。
狂介は、SMクラブで女王様をしているお母さんと、そのお母さんに縛られてドМに目覚めた父親の子供である。なので変態の遺伝子が濃厚だという設定だ。実のところどうなんだろうな?男性は基本的に変態だし。
しかし、基本的に「変態的な行動」をいきなり意中の女性に示しても、きもい!と嫌われるだけである。つまりは本能を理性でぐっと抑えてコントロールしていく必要がある。男性がもし真剣に誰かと付き合うのであれば、絶対に越えなければならないハードルなのである。
変態について考えさせられる映画
劇中には他の変態や変態じゃない人たちが出てくるけど、その中でも強力なキャラクターがいる。それが戸渡先生である。
彼は、変態仮面に言い放つ。「俺のほうが変態度は上だ。というかお前そんなに変態じゃないから」
理由としては、戸渡先生は、上記で書いたような純粋な、本能的変態度を抑制する行動に出ることでさらにエクスタシーを得られる変態であるから。つまりよくも悪くもストイックで大人なのだが……。
でもこれも言い換えれば、多くの大人の男性のあるべき姿なのではないだろうか?
大人になったらさすがにデスクを高くするわけにもいかない。我慢の連続である。
しかし、戸渡先生は放置プレイが好きだとか、ぱんつは表を裏にして被るべきだとか、やっぱり言ってることが変態なのだ。
変態仮面とは男性が変態を隠さない姿にほかならず、変態を前面に押し出した結果とてつもないパワーを引き出し、それを戦闘能力に変えるヒーローなのである。だけど、せっかく抑制していたところを解き放っても、やはり特にかっこいい姿ではない。ましてや、実写だし。
変態と、性と愛の違い、そして、それらに共通するものについて考えさせられる映画
狂介は、意中の女性が隣にいるがために、机を高くしてアレが立っているところを隠さねばならない。しかし、デートはしたい。何かと理由をつけてヒロインとデートしようとするが、もともと変態の気があるために、「僕はテーブルの下にいるから踏みつけてでもいいから一緒にいたい」みたいなことをサラッと言ってしまい、毎回ヒロインに
「それって、変態じゃない」
と怒られるのである。
狂介の愛は本物なのだが、例のハードルが上手く越えられない。高校生ならではの青春である。とはいうものの、男性にとって「性欲」と「愛」は混ざった状態で喚起されるものらしい。私の元カレも、最後までどっちなのかいまいちわからなかったし、きっと最後まで混同したままなのではないだろうか。それか、もはや性欲が無くなった時の態度でわかるのかもしれない。
狂介の愛は、愛子ちゃんを守りたいという気持ちによって証明されているが、どうしても、変態的なエクスタシーが無ければ、ヒーローに変身できず、パンティーがなければ、どうしても強くなれないのだ!!!
つまり、この作品の最終的に行きつくところは、ここなのだ。
狂介という男子にとっては、愛情と性欲が同時にバランスよく喚起されなければ、真の強さは得られない。もしかしたら、これが、男性の本質なのかもしれないと、私は映画を観ながら思ったのだった。
そして当然…、彼が一番に愛している女性、愛子ちゃんのパンティーが一番強力な変身アイテムとなる。
このドラマ。おわかりだろうか。最初は、誰のパンティーでもよかった。その行為は残念ながら性犯罪者と一緒だ。だって、毎回新体操部の更衣室に潜り込んで、誰のだかわからないパンティーを盗んでいたのである。客観的に見たら最悪の男性だ。それに普通に下着が無くなっていたら困る。
だけど、最後に認識するのは、やはり最愛の女性のパンティーが必要だということだった。それによって、彼は最強になった。絶妙に、「性と愛」が合体した瞬間である。愛子は「恥ずかしい」と言いながらパンティーを渡す。だけど、女性側としては、「ああ、この人どうやら本気らしい。この人なら、本気で私を愛し、守ってくれるのだろう」と判断し、それが嬉しいと思うのなら、潔くパンティーを渡すべきだと、私は思った。そこでやっと、ただの変態だった男は、両想いの恋人と、なれるのだ。
これは変態的な、愛の物語。しかし、ある意味、非常に真理をついていると、私は思いますよ。
まあぶっちゃけビジュアル的に相当気持ち悪いですけど、鈴木亮平くんの鍛え上げたボディーのおかげで、気持ち悪さは半減していました。マジで全方位綺麗な体をしているし、姿勢やポーズも綺麗です。
ですが、どうしても!戸渡先生が気持ち悪かった。亮平くんはちゃんと体毛を剃ったか脱毛しているのに、戸渡先生は毛がボーボーだし筋肉も最小限しかないし、マジで気持ち悪かった。彼はヴィランなので引き立て役なのかもしれませんが、気持ち悪いのに半裸というのは、身体張ってますよね…。
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