2026年9月27日日曜日

オデュッセイア:クリストファー・ノーランを揶揄・批判する記事

オデュッセイアを見て、様々なポッドキャストが更新されつつあるが、どの人もかなり笑っていて、私もかなり笑ったのでノーランの悪い癖などをあげつらう性格の悪い記事を書いてみたいと思います。

ノーランファンの方にはごめんなさい。前からちょっとノーランの映画には疑問を感じていたので、、答えが出てきたかなあなんて思ってます。


「男のロマン」の強調

もっとも有害なのは「ダークナイト」ではないかと言われている。私はあのバットマンがかなり嫌いで、今もほとんど見る気が起きない。まあ、そもそもバットマンというのは成人男性の夢なのだろうけど・・・

今回は主人公オデュッセウスの雑なリーダーシップ(犠牲者多数)が有害だと思ったのだが、ゼンデイヤお姉様が白い目で見ていたので、基本的に有害な男性性への批判とも取れる。そもそも、戦争でやらかしたことを後悔はしていた。そういう意味ではよかったのかもしれないが、木馬におっさん詰め込むのとかもう見てられない。汚いししんどい。

また、「セイレーンの歌を聴いて生還したい」と謎の見栄を張るシーンは本当にマジでくだらなさすぎてもうそのまま逝ってくれと言うのが女性視点での感想である。

ましてマット・デイモンがやるとなんとなくアホさがMAXで大変良かった。マット・デイモンが悪いんじゃないんですよ。彼、なぜかそう言うちょっとアホな役が回ってきやすい気がするのです。あとよくトークショーでいじられてるから・・


貧乏人を透明化しがち

ノーラン映画はお金持ちが活躍しているイメージが強い。

オッペンハイマーなんかはその最たるもので、どんなにオッペンハイマーが後悔していても、ほんのちょびっとでも、広島や長崎で原爆の被害で皮膚が爛れた人間などを写すことはなかった。

バットマンなんかもそうで、ブルース・ウェインはヴィランには目を向けていて、リッチなパーティーに参加するために無理はするが、貧困に喘ぐゴッサムシティなどの描写はなかった。

ホワイトカラー、上流階級の発想なのだ。おそらくノーラン自体がそういう人なのだと思う。この点は以前から少し鼻につくなあと感じていた。

オデュッセイアでは、兵士が出てくるのでその点は少し緩和されていたかなと思うが、相変わらず上層部の人たちがパーティーしてるシーンは多かったなあ。差別表現もなかなかすごかったですね。

確かに映画はエンタメだし、貧乏人見たくないみたいな気持ちはわからんでもないが、共感は得にくいかなと思ったりする。


プロットを説明したがるが、情緒がついてこない

特に主人公のお気持ちが分かりづらい特徴がある。周りは主人公を批判したり、あれこれ言ってくるのだが、、

あれは主人公イコール視聴者だからなのだろうか?マット・デイモンを選んだからかなとも思っていたが。マット・デイモンって決して無感情ではないんだけど、どことなくドライな役者というイメージが強い。エモーショナルなシーンをあまり見たことがない。

あまりにも感情が読み取れないため、ノーラン映画は心に残りにくいのだが、それも「男らしさ」なのかもしれないと思うこともある。私はなぜかインターステラーを何度見ても感動しないのだ。多分、説明しすぎなのでは?と思う。

テネットもそうなのだが、説明を反芻してる間に色々起きてしまうので脳が疲れてしまうのだ。そこに無理やり「はいここで感動してください」みたいなシーンを入れ込むのでちょっとウザいなと思っている。押し付けがましいというか・・・


アクションが下手くそ

今まではそれほど気にはしてなかったが、確かに今回アクションはほんと苦手なんだなと感じた。特に言われているのが終盤、オデュッセウスが身分を明かして、周りが襲いかかってくる山場である。

長かったのがいけなかったのかもしれない。間が持たないので、刺せそうなのに刺さないみたいなシーンがあってどうしても笑ってしまった。

「状況説明」で終わってしまうノーランの悪い癖がここにも出てそうだと思った。合理主義なのでアクションシーンに興味がないのかもしれない。

アクション映画というのは、アクションで大半が成り立っているため、むしろストーリーがおざなりになりがちである。

そこのバランスが取れている「トワイライトウォリアーズ」あたりと比べれば何かわかるのかもしれんが、香港アクション映画って緩急本当にうまいからね。

例えば、武器の種類が5種類くらいあれば、それをとっかえひっかえ見せてって、一番やばいのを最後に持ってくるとかね。あとスローモーション使ったりとか。


中途半端に知性的

ノーラン監督って頭の良さそうなプロットを長々と説明してくれるんだけど、どう考えても理屈が合わないところがある。それで、頭の良い視聴者がツッコミを入れていくと、結局「無理じゃん」ってなるんだが、そこは「フィクションだから」で逃げてしまう。そして、インタビューでは「全部説明するものではないんですよ」って無粋なこと聞くなムーブをかます。

しかし作ったのはノーランなので、「嫌なら見なきゃいいだろ」で終わってしまうのが、なんとなく気分悪いのは私だけではあるまい。

その点では、オデュッセイアはギリシア神話だしもともとプロットがめちゃくちゃなため、あんまり気にしなくて良かったのが、今回功を奏していた。が、そのせいで、「ノーランに話を考えさせない方が良いのでは」「原作付きの方が映画化上手そう」という結論が囁かれている。

オデュッセイアは皮肉にも、頭を使わなくて良くて荒唐無稽だったので、楽しめた。


最後ぶん投げる

大体最後本人が飽きてきたのかぶん投げる。これは前から結構気になっている。インターステラーや、テネットも同じくである。今回はマット・デイモンがイカダに乗って戻るところは端折られた。

来るまで死ぬほど大変だったよね!???どうやって戻ったんや!!イカダ、ほとんど水に浸かってたが。

まあ、その後の王座を取り戻すシーンが長いので端折ったんだろうけど、色々突っ込みたくはなる。


ではノーラン監督映画の良い特徴は?

やはりエンタメ映画をでっかいスケールで撮れるところだと思う。

理想の画は彼の頭の中にあるのだろう。

ただ、個人的にはIMAXカメラにこだわりすぎだと思う。

これはデジタル業界にいるからよく感じることなんだが、ツールそのものにこだわりすぎてはいけない。それより、どうしてもIMAXのフィルムで撮りたい画がそこにあるかどうかなのだ。

この話をするといつも、NOPEで撮影に執着しすぎて犠牲になったカメラマンのことを思い出す・・・・・フィクションだけど、ノーラン監督を揶揄っているのではないかと本気で思っている。

また、ビジュアルを追求する点は素晴らしいと思う。おそらくビジュアルがほとんどなんじゃないだろうか、、

オデュッセイアで言うと、冒頭の木馬は本当に素晴らしいと思ったし、途中で出てくるライストリュゴネス族たちの鎧デザインも素晴らしい。

メインビジュアルとして使われるアガメムノンの鎧デザインは言うまでもない。

しかしアガメムノンが何かすごいみたいなシーンはなくて、まさか幽霊として出てくるのが一番重要なシーンだとは思わなんだ・・・しかもセリフは「嫁の浮気に気をつけなさい」である。イタタタ。

ビジュアルを追求してるのはいいんだが、カリプソのシャーリーズ・セロンは確かに美しいんだが、ただのシャーリーズ・セロンなんだよね。

なんていうか、カリプソを演じているのではなく、「シャーリーズセロンの美しさを見せたい」みたいなメッセージしか受け取れなかった。

その点では、アン・ハサウェイの方がやはり役によく馴染んでいた、ちゃんと「歳をとってる」風にメイクしていたのが素晴らしいと思う。彼女は最近多くの映画に出ているが、どれもこれもきちんと役に合わせてこなすので本当に優秀だと思う。30〜50代くらいまで、幅広く演じ分けているよね。


最近改善されたなと思ったところ

「オッペンハイマー」あたりから女性の不満などを描き始めたので、女性の扱いはだいぶ良くなってきたと思う。まあ、相変わらず女は待たされてばっかですけどね。

だが、テネットやバットマンはマジでやばかった。こんな男尊女卑の映画を好きと言うのは難しいかも、と思ってたw

総じてノーランは少し偏っているというか、決して優しい男性ではないんだろうなと思う。撮影は効率がよく、どんどん進むからやりやすいと役者は言っているが、多分それは、画が撮れれば良くて、感情の描写を捨ててるからではないかなと私は少し疑っているのだ。

個人的には絶対結婚したくないタイプの男性である。


2026年9月19日土曜日

アマプラで面白かった映画(22)ランニング・マン

当時結構話題になっていたが、私はデスゲーム系の映画やドラマが嫌いで、イカゲームも全く見ていないw

しかし、これ序盤はありがちで平凡だったが、途中から大変面白くなったのでブログに書くことにした。

前提あらすじ:

主人公はグレンパウエルが演じており、娘の医療費すら払えないためこの「ランニングマン」というTV番組に応募し、見事ランナーとして選ばれる。日本のバラエティ番組でもあるように、「ハンター」が「ランナー」を追うのだが、原作がスティーブンキングだけあって、捕まると殺されるww番組は視聴率をあげるために、主人公やその奥さんまでを悪役として描き、それに生成AIを使う始末。つまり映像の半分くらいはうそっぱちであり、主人公は母体に疑念を抱き、その正体を暴こうと画策する・・・

後半に入って、エルトンっていうど変人・・・というか狂人が現れるのだが(主人公が助けを求めて辿り着くのだが)こいつの狂気が半端ではない。

私は映画に出てくるこういうど変人狂人が大好物である。

特に面白かったのは、まず母親がもっと狂ってしまっていて、緊急ボタンみたいなのがあるんだけどそれを押すと、ハンターがランナーを追って家に押しかけてくるのだ。

エルトンは仲間なので押してはいけない!と最初は母親を止めるのだがなぜかエルトンが押してしまう。この辺から爆笑だった。

グレンパウエルは完全にツッコミ役になり、「なんでやねーーん」の連発だった。 

エルトン明らかにインドア派なんだが、家に仕掛けた大量のトラップを次々発動、ド派手に戦い、脱出もカーチェイス。おっ始める前にMONSTER飲んでた時点で察するべきだったか。

どうなったは実際にご覧ください。

-------------

まあエルトンっていうおもしろキャラはとりあえずおいておきますが。

スティーブンキングのプロットが素晴らしいなと思ったのは、やはり大きな組織、体制に対する疑念や抵抗ですね。

日本でもマスコミは「マスゴミ」なんて呼ばれてますが、フジテレビの没落なんかを彷彿とさせました。

途中で車移動のために捕まえたアメリアという女性はTVで放送された生成AIのフェイク映像を信じて主人公を罵倒します。しかしその後すぐ、アメリアのフェイク映像がTVで流れます。

すごいうまいなと思っていて、今って、SNSにも大量のフェイク動画が溢れてるわけですよね。クマが出没した映像が完全フェイクなのに騙されてた自治体とかもいましたね。

VIVANTでもそれをしょっちゅうネタとして使ってますが、これメタ的な要素があって、視聴率を上げるために今後生成AI映像が使われる可能性はあるわけです。

あと面白いなと思ったのが、TV番組は視聴率や支持が欲しい、「スターが欲しい」ので、最後のランナーである主人公をなかなか殺しません。

プロデューサーは主人公を怒らせるために嘘をつき、さらにギャラをちらつかせる。視聴率を搾り取るために、ギリギリまで使い倒そうと考えています。これは現実でもあることで、ロングランだったはずのコンテンツが昨今どんどん廃れてきていますよね。拝金主義がコンテンツを劣化させ、スターは老齢。インディジョーンズなんかを思い出しますね。

よくある手口ではあるのですが、では、主人公はどうするのか?というところが見どころではあり、また視聴者が何を信じるか、本当のスターとはなんなのか。色々、考えさせられました。

もしこれが原作通りであれば、スティーブンキングは、1980年代にすでにTV業界はおかしいと思っていて、生成AIがない時代でも、映像がフェイクである可能性を考えていたんだと思います。全く古さを感じませんでした。

また、ただ殺しあうだけのデスゲーム系コンテンツや、なぜか恋愛を絡めたがるコンテンツよりはかなりディープでよかったです。

エドガーライトらしさは?

私はあったと思います。まあそんなに見てないですが、、

ベイビー・ドライバーのようなちょっとイカれたテンポは、エルトンのくだりで遺憾なく発揮されていますw

結構速いので目を離すとわからなくなったりします。

あと、ケイティ・オブライアンはもっと使って欲しかった。ビジュ良くてこの辺はエドガーライトで良かったなと思ったけど。

2026年9月15日火曜日

アマプラで大変良かった映画(21)キャリー

キャリーは何種類かあるようですが、元祖1976年版を見てみました。

さすがだよスティーヴンキング、

別に全てがいいとは言わないがね。監督によっても表現が違うし。

スティーヴンキングの作品って高確率で「毒親」「機能不全家族」が出てくるじゃないですか。今回もその典型で、主人公が女子なのが良いですね。

キングにとっては父親が確執だったようですが、まあ同性の親とは何かしら確執が起きるようです。長女VS母親というのはよくある構図で、私もいまだに母を信用しきれていません。ここぞというところで毎回裏切られます。

そして「キャリー」はその最たるもの。

「初潮」で母親に裏切られる。これはトラウマですね。私はまだ怒ってますよ。私はもともと経血量が多く、初回から強烈だったようです。アメリカのナプキンは比較的分厚いので、親が買ってくれていれば問題なかったのですが、母は、娘はまだ生理が来ないと思ったのか、日本のペラペラのナプキンしか持っていませんでした。

母はアメリカで初めて娘の月経に遭遇するわけですから相当ギクシャクしていました。当事者はもっと顔面蒼白でした。漏らさないようほとんど足を動かさないよう気をつけていました。ですが、SNSが普及してから、もっと酷い家庭もあったことがわかり、少し安堵し、世の中、なんとかならんのか、と思ったものです。 ちなみに月経に関してはこの後もう一度派手に裏切られます。

キャリーに関しては、そもそも生理に関する情報が与えられていませんでした。そのため、ロッカーでいきなり生理が始まったキャリーは大混乱に陥り、同級生にはタンポンを投げられていじめられます。(この表現は現代だと考えにくいですが、当時は確かに生理のケアが自分でできないと冷ややかな態度を取られがちだったように思います)

私の時代もまだインターネットがありませんでしたが、唯一学習雑誌が買い与えられていたのが救いでした。おそらく、そのために(親がちゃんと性教育できない家庭のために)あの雑誌は存在したのだと思います。(なおロリエなどの会社がスポンサーとしてついていたので、予算は潤沢だったようで、綺麗な漫画がついていてわかりやすかったです)

この時代の母親は私の母を含めて、娘の第二次性徴を嫌がる、禁忌とする人が多かったようです。

キャリーの母は極端なカトリック教徒のようで、「イブはアダムの肋骨から作られた」「あまりの弱さに罪を招いた」などと娘に説いて聞かせます。

つまり「あなたは女になった」「罪深い女に」というわけです。


さて「シャイニング」に代表されるように、キングの作品には不思議な力を持った子供がよく登場しますが、キャリーも能力がありました。それはテレキネシスでした。これがうまく使えれば良かったのですが、極端ないじめを仕掛けられたキャリーはクライマックスで能力が暴走し、プロム会場を大破壊してしまいます。

キャリーは作られたモンスターとなりました。

最後の良心で母親を助けようとしますが…そもそも、まるでキリストのように、彼女を磔にしたのはキャリーなんですがね。


毒親はなぜ毒親となったのか

毒親はこの世で最もポピュラーなヴィランです。バブル世代でもたくさんいます。なぜなら、バブル世代は一見お金があり楽しそうですが、まだ家父長制度が一般的でした。

よほどの能力がなければ、見初められた男と結婚し、子供をもうけるのが普通だった。

私たち氷河期世代は金はありませんが、自由がありました。そして金がないので、結婚を押し切られなかった。金がないことを理由に結婚を断ることができた。だから意外と自由に生きています。これを見て、多くの主婦は苛立つようです。

毒親の爆誕です。

しかし、結婚して子供を作るとまた別の毒親が爆誕しかねないし、そもそも生理がきただけで色気づきやがってと突然謎の拗らせを発生させるわけです。

「キャリー」もそうですが、娘の胸が膨らんできただけで「穢らわしい!」とブチギレる。その割に、30代で独身だとわざわざ見合い話を持ってこようか?などと言い出すのだから、あまりにも身勝手がすぎる。この世代の親というのは、あまりにも人権や教育に対して未熟すぎる人が多い。

毒親は、私たちの世代で終わらせなければなりませんね。

この作品は今度ドラマになるそうです。

私としては、彼女のテレキネシスでいじめっ子へ復讐する姿をもっと見たい!と思っていますw

キャリーはまず初潮で血を見て、次はいじめから、最後の大乱闘まで、血がつきまとう話です。キングが生理の恐ろしさや出血量を見たかどうかわかりませんが、女性が定期的に血まみれになりながら生きることが、ホラーであることを、よく理解していると感じました。なお出産も血まみれらしいですね、私は分娩室入れてもらえませんでしたけど。

生理の生々しさを見てドン引きする男性がいるらしいのですが、出産立会いしたら卒倒するんではないかと思いました。