オデュッセイアを見て、様々なポッドキャストが更新されつつあるが、どの人もかなり笑っていて、私もかなり笑ったのでノーランの悪い癖などをあげつらう性格の悪い記事を書いてみたいと思います。
ノーランファンの方にはごめんなさい。前からちょっとノーランの映画には疑問を感じていたので、、答えが出てきたかなあなんて思ってます。
「男のロマン」の強調
もっとも有害なのは「ダークナイト」ではないかと言われている。私はあのバットマンがかなり嫌いで、今もほとんど見る気が起きない。まあ、そもそもバットマンというのは成人男性の夢なのだろうけど・・・
今回は主人公オデュッセウスの雑なリーダーシップ(犠牲者多数)が有害だと思ったのだが、ゼンデイヤお姉様が白い目で見ていたので、基本的に有害な男性性への批判とも取れる。そもそも、戦争でやらかしたことを後悔はしていた。そういう意味ではよかったのかもしれないが、木馬におっさん詰め込むのとかもう見てられない。汚いししんどい。
また、「セイレーンの歌を聴いて生還したい」と謎の見栄を張るシーンは本当にマジでくだらなさすぎてもうそのまま逝ってくれと言うのが女性視点での感想である。
ましてマット・デイモンがやるとなんとなくアホさがMAXで大変良かった。マット・デイモンが悪いんじゃないんですよ。彼、なぜかそう言うちょっとアホな役が回ってきやすい気がするのです。あとよくトークショーでいじられてるから・・
貧乏人を透明化しがち
ノーラン映画はお金持ちが活躍しているイメージが強い。
オッペンハイマーなんかはその最たるもので、どんなにオッペンハイマーが後悔していても、ほんのちょびっとでも、広島や長崎で原爆の被害で皮膚が爛れた人間などを写すことはなかった。
バットマンなんかもそうで、ブルース・ウェインはヴィランには目を向けていて、リッチなパーティーに参加するために無理はするが、貧困に喘ぐゴッサムシティなどの描写はなかった。
ホワイトカラー、上流階級の発想なのだ。おそらくノーラン自体がそういう人なのだと思う。この点は以前から少し鼻につくなあと感じていた。
オデュッセイアでは、兵士が出てくるのでその点は少し緩和されていたかなと思うが、相変わらず上層部の人たちがパーティーしてるシーンは多かったなあ。差別表現もなかなかすごかったですね。
確かに映画はエンタメだし、貧乏人見たくないみたいな気持ちはわからんでもないが、共感は得にくいかなと思ったりする。
プロットを説明したがるが、情緒がついてこない
特に主人公のお気持ちが分かりづらい特徴がある。周りは主人公を批判したり、あれこれ言ってくるのだが、、
あれは主人公イコール視聴者だからなのだろうか?マット・デイモンを選んだからかなとも思っていたが。マット・デイモンって決して無感情ではないんだけど、どことなくドライな役者というイメージが強い。エモーショナルなシーンをあまり見たことがない。
あまりにも感情が読み取れないため、ノーラン映画は心に残りにくいのだが、それも「男らしさ」なのかもしれないと思うこともある。私はなぜかインターステラーを何度見ても感動しないのだ。多分、説明しすぎなのでは?と思う。
テネットもそうなのだが、説明を反芻してる間に色々起きてしまうので脳が疲れてしまうのだ。そこに無理やり「はいここで感動してください」みたいなシーンを入れ込むのでちょっとウザいなと思っている。押し付けがましいというか・・・
アクションが下手くそ
今まではそれほど気にはしてなかったが、確かに今回アクションはほんと苦手なんだなと感じた。特に言われているのが終盤、オデュッセウスが身分を明かして、周りが襲いかかってくる山場である。
長かったのがいけなかったのかもしれない。間が持たないので、刺せそうなのに刺さないみたいなシーンがあってどうしても笑ってしまった。
「状況説明」で終わってしまうノーランの悪い癖がここにも出てそうだと思った。合理主義なのでアクションシーンに興味がないのかもしれない。
アクション映画というのは、アクションで大半が成り立っているため、むしろストーリーがおざなりになりがちである。
そこのバランスが取れている「トワイライトウォリアーズ」あたりと比べれば何かわかるのかもしれんが、香港アクション映画って緩急本当にうまいからね。
例えば、武器の種類が5種類くらいあれば、それをとっかえひっかえ見せてって、一番やばいのを最後に持ってくるとかね。あとスローモーション使ったりとか。
中途半端に知性的
ノーラン監督って頭の良さそうなプロットを長々と説明してくれるんだけど、どう考えても理屈が合わないところがある。それで、頭の良い視聴者がツッコミを入れていくと、結局「無理じゃん」ってなるんだが、そこは「フィクションだから」で逃げてしまう。そして、インタビューでは「全部説明するものではないんですよ」って無粋なこと聞くなムーブをかます。
しかし作ったのはノーランなので、「嫌なら見なきゃいいだろ」で終わってしまうのが、なんとなく気分悪いのは私だけではあるまい。
その点では、オデュッセイアはギリシア神話だしもともとプロットがめちゃくちゃなため、あんまり気にしなくて良かったのが、今回功を奏していた。が、そのせいで、「ノーランに話を考えさせない方が良いのでは」「原作付きの方が映画化上手そう」という結論が囁かれている。
オデュッセイアは皮肉にも、頭を使わなくて良くて荒唐無稽だったので、楽しめた。
最後ぶん投げる
大体最後本人が飽きてきたのかぶん投げる。これは前から結構気になっている。インターステラーや、テネットも同じくである。今回はマット・デイモンがイカダに乗って戻るところは端折られた。
来るまで死ぬほど大変だったよね!???どうやって戻ったんや!!イカダ、ほとんど水に浸かってたが。
まあ、その後の王座を取り戻すシーンが長いので端折ったんだろうけど、色々突っ込みたくはなる。
ではノーラン監督映画の良い特徴は?
やはりエンタメ映画をでっかいスケールで撮れるところだと思う。
理想の画は彼の頭の中にあるのだろう。
ただ、個人的にはIMAXカメラにこだわりすぎだと思う。
これはデジタル業界にいるからよく感じることなんだが、ツールそのものにこだわりすぎてはいけない。それより、どうしてもIMAXのフィルムで撮りたい画がそこにあるかどうかなのだ。
この話をするといつも、NOPEで撮影に執着しすぎて犠牲になったカメラマンのことを思い出す・・・・・フィクションだけど、ノーラン監督を揶揄っているのではないかと本気で思っている。
また、ビジュアルを追求する点は素晴らしいと思う。おそらくビジュアルがほとんどなんじゃないだろうか、、
オデュッセイアで言うと、冒頭の木馬は本当に素晴らしいと思ったし、途中で出てくるライストリュゴネス族たちの鎧デザインも素晴らしい。
メインビジュアルとして使われるアガメムノンの鎧デザインは言うまでもない。
しかしアガメムノンが何かすごいみたいなシーンはなくて、まさか幽霊として出てくるのが一番重要なシーンだとは思わなんだ・・・しかもセリフは「嫁の浮気に気をつけなさい」である。イタタタ。
ビジュアルを追求してるのはいいんだが、カリプソのシャーリーズ・セロンは確かに美しいんだが、ただのシャーリーズ・セロンなんだよね。
なんていうか、カリプソを演じているのではなく、「シャーリーズセロンの美しさを見せたい」みたいなメッセージしか受け取れなかった。
その点では、アン・ハサウェイの方がやはり役によく馴染んでいた、ちゃんと「歳をとってる」風にメイクしていたのが素晴らしいと思う。彼女は最近多くの映画に出ているが、どれもこれもきちんと役に合わせてこなすので本当に優秀だと思う。30〜50代くらいまで、幅広く演じ分けているよね。
最近改善されたなと思ったところ
「オッペンハイマー」あたりから女性の不満などを描き始めたので、女性の扱いはだいぶ良くなってきたと思う。まあ、相変わらず女は待たされてばっかですけどね。
だが、テネットやバットマンはマジでやばかった。こんな男尊女卑の映画を好きと言うのは難しいかも、と思ってたw
総じてノーランは少し偏っているというか、決して優しい男性ではないんだろうなと思う。撮影は効率がよく、どんどん進むからやりやすいと役者は言っているが、多分それは、画が撮れれば良くて、感情の描写を捨ててるからではないかなと私は少し疑っているのだ。
個人的には絶対結婚したくないタイプの男性である。
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