2023年8月11日金曜日

歴代ブルース・ウェインを比較する

本日アマプラでバットマンVSスーパーマンが見られるようになったので、一通り実写は見たことになるので、まとめたいと思う。

私が子供の頃は、キートン版が大流行しており、またジョーカーがとにかく人気だった。

しかし、マイケルキートンは実はあんまり好きではない。顔立ちがキツく感じるのである。

彼の出演した2作品はティム・バートンの実力が遺憾無く発揮されており、世界観やビジュアルは本当に素晴らしかったのだが。

3作品目に差し掛かって、私は感動した。

正直、あまりイケメンとは思わなかったが、見れば見るほど惹きつけられるブルース・ウェインであった。

ヴァル・キルマーというのは不思議な役者である。

3作目は、リドラーとトゥーフェイスがタッグを組んで悪さをやらかす回なのだが、

なんとリドラーはウェインエンタープライズの研究員である。社員なのだ。

冒頭で社内視察を行うブルースのところに、自己中なエドワードが直談判にやってくる。マインドコントロール装置を会社から発売しないかと。ここのブルースが素晴らしいのだ。

最初はとても礼儀正しく、温かい笑顔で社員と握手を交わすが、一旦秘書に預けるようにいう。婉曲に断ろうとしているのだが、エドワードが気が短いため、即答を要求すると、ブルースは声をそれほど荒げるでもなく、「答えはノーだ」ときっぱり告げる。

この一連のシーンが素晴らしかった。ヴァル・キルマーこそ、理想のブルース・ウェインであるように感じた。

ヴァル・キルマーは声も素晴らしい。皮肉なことに彼は声を病気で失ってしまったが、おそらく歴代ブルースの中で一番声のイメージが合っている。上品で、暗い響きのある綺麗な声だ。

また、この映画はアクション映画に見せかけて、ブルースが過去のトラウマに苛まれており、きちんと自分の過去を思い出せないという可哀想な設定がついている。その設定が不安定で繊細なブルースを作り出しており、実に味わい深い。ヴァル・キルマーが演じるとなんとも危うげな雰囲気が出るのである。リアリティがあった。

また、相棒である「ロビン」が加担するのだが彼にまつわる一連のシーンも素晴らしい。まずロビン自体がすごいイケメンなのもいい。ロビンを自宅に引き留めたいブルースのそっけない勧誘の仕方もかっこいいし、ロビンが孤児になった原因はバットマンだと思い込んでいて、ブルースの胸をドカドカ叩きながら泣くところもいい。あの時のブルースの慰め方も素晴らしかった。

しかし一番良かったのは、ロビンが一緒に戦いたいと言った時のブルースの断り方だ。劇中で一番真摯であり、一番ちゃんと怒っていた。

このブルースは感情表現が少なめなのにも関わらず、抑え込んだ感情が滲み出るのを見落としたくなくて、一生懸命に見入ってしまう。ブルースは恋愛も繊細で、初めての恋だと言い切っているが、それによって騒ぐでもなく、静かに思いを成就させていく。

こういうヒューマンドラマの描き方が結構良かったのに、なんとなくチグハグになってしまうのがバットマンという素材の悲しいところである。

その次の作品は、バットマンスーツに絶望を覚えたキルマーが降板してしまい、ジョージ・クルーニーにお鉢が回ってきた。

さてこの回が最悪だと言われているが私もそう思う。

単純にブルースらしくないブルースなのである。何一つブルースらしさが感じられない。

ジョージ・クルーニーは大好きな役者だが、全く向いてないと思った。

悲壮感が全く感じられないのである。金持ち感はあるしイケメンだが、コミュ障でも陰キャでもない。

またヴィランにポイズンアイビーが入ったことで、色恋沙汰が発生して余計品格を下げてしまった。

Mr.フリーズは完全に脳筋だし、バカすぎて感情移入できない。

そもそもだがジョージ・クルーニーが髪の毛を綺麗に刈ってしまってるのもかなりおかしかった。

ブルース・ウェインは前髪長めが正解。あれが、危機に陥るとばらけてくるのがセクシ〜なのである。

さてこのあとはクリスチャン・ベール3部作。作品として完成度が高いし、今の若い人、同世代はみんなこっち派かもしれない。でも私はクリスチャン・ベール版はあまり好きではない。

(余談ではあるが、妹が激ハマりしていたので血は争えないと思うが、私はやはり繊細ちゃんブルースが好きである)

ノーラン版ではブルースの悲壮感は出しているが、ブルースの内面には迫っていないと感じるのである。

外見は素晴らしいし、バットマンになっていく過程もよく説明されているが、私は感情移入できなかった。

その次はベン・アフレック。

冒頭からしっかり社長をやっており、社員を助けるシーンが出てくる。どちらかというとブルースの話なのかもしれない。が、このブルースにはいくつか問題があり、それはよく世間でも言われていることだ。

彼は完全にやさぐれ切っているようなところがあり、結婚もせず、悪い奴らを拷問するし、銃も撃つ。多分何人か殺しているかもしれない。会社の運用はしっかりやっているようなのだが、なんとも荒廃感漂う哀れなブルースである。(しかし普通に考えたらこうなるかもしれない)

一番きついなと思ったのは、スーパーマンに吐くセリフである。これがこのブルースの全てを表していると思った。

「お前の両親は、お前は目的を持って生まれてきた、と教えただろう。だが俺の両親は違った。

路上でいきなり人が死ぬ、ということを教えてくれた」

セリフこそ淡々としているが、激しい怒りが秘められているのを感じる。

またこのバージョンのバットマンは私に言わせればもはやターミネーターや殺戮マシーンの類であり、美しさや妖しさ、ミステリーなどどこにもなく、全く惹かれるものがなかった。


荒れ切ったバットマンが作り出されたあと、まるでそれにリセットをかけるようにして生まれたのが、我らがパティンソン版バットマンである。

マット・リーヴスの表現はどこまでも地に足がついており、改造車はあるものの空飛ぶ飛行機などブルースは所持していない。普段の移動は普通のバイクである。スーツは防弾だがそれ以外の特殊な加工はなく、空を滑空するウイングもお手製の危険な代物である。

そして何よりブルースが脆弱で不安を煽るような存在であった。

これは、ゴッサムシティそのものを表しているのかもしれない。

私たちの住む日本という国も、なんだかこれに近いような気がしてならない。

マット・リーヴスは、お金持ちでもどうしようもない現実的なブルースを描くことで、世界の危機感を示している。ブルースは疲弊しているが、焦っている。ヒーローになろうとすら思っていないが、とにかく過去のトラウマを克服するためには、悪党をぶん殴りたかった。悪党が、怖くなって街を徘徊できないようにしたかっただけなのだ。

ブルースは哀れな精神病の青年で、その目と精神は10歳から成長していない。

だが、今までで一番惹きつけられたのがこのブルースであったことは間違いない。


映画にはヒロインが何人も出てくるが、みなブルースに惹かれる理由はその繊細さや危うさである。「何を隠しているのか」が気になって、毎回ブルースを質問攻めすることになる。そして毎回ブルースは困ってしまう。キートン版でも緊張して自分の正体を話せない。キルマーはもっと大変だ。トラウマを引き出すものを見ると会話が止まってしまうくらい深刻である。キルマー版は女性がブルースのトラウマを助けるような展開で、ほっこりして終われる。パティンソン版は、セリーナに興味を持たれると恥ずかしそうに俯くのだが、全身で愛されたがっているのがかわいい。寂しがり屋のブルースである。

妹は脳筋なので、クリスチャンベールのスーツ姿萌え!!しか言っていないのだが、私は女性ファンを増やすならやはりブルースのもつ危うさは描いた方がいいと思っている。それだとヒーローとしてはあまりにも不安なのでは?と思われるかもしれないが、トラウマを抱え苦悩しながら戦うブルースの姿に、おそらく多くの男性も勇気づけられているのではないかと、私は推察している。








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